2010年6月17日木曜日

焼きそば食べてみました

日清焼そば食べてみました。やっぱり日本と同じ味です。
でも、何となく微妙なのは、日本のものを食べたいという思いの大きさと実際に食べた時のなんというか普通さの落差を時々感じます。特に、グローバリゼーションのおかげでドイツでも気軽に日本のものを食べられることの便利さとありがたみ(貴重感)のなさの間でいつも微妙な感じがします。その内、ドイツ語なんか出来なくても、携帯の同時通訳機が出来て、苦労しなくても会話できるんでしょうね。それはそれで便利ですが、そうなると語学で苦労して少しずつできるようになってきた時の解放・開放感はなくなるような感じがします。いま食材、食事がそんな感じです。

さて、日清焼そばの問題の正解ですが。

1)青のりが入っていない。ゆゆゆさん、ご名答。

2)たいしたことではないですが、日本のパッケージは縦長、外国向けは横長だということです。


どうして青のりが入っていなんでしょうか。どうして横長なんでしょうか。どなたか日清に電話して聞いてみてください。

2010年6月15日火曜日

鮨・寿司・すし・SUSHI

以前にも書きましたが、10年前に比べて、日本食が非常に身近に存在します。


なんと言っても、SUSHIブーム。いわゆるデパートのレストラン・コーナーには、SUSHI-BARがあります。レストラン・コーナーは、オープンスペースにいろいろなレストランが店を出しているといった感じです。
SUSHI-BARといっても、カウンターに座って、その向こう側で寿司職人が注文したものを握ってくれるというのではなく、おそらくどこかの工場で作って冷凍で配送されてきた寿司を皿に並べてくれるだけだと思います。ただ、まだそこで食べたことがないのでよく分かりませんが、わかりやすく言うと、日本の吉野家みたいな寿司屋です。
街の中にも、数件SUSHIという名前を目にします。韓国料理屋にもSUSHI, SAKEありますと書いています。
もちろん、昔から日本料理を出しているお店もありますが、なかなか手が出ない値段ですが。


あるSUSHI-BARのメニューだけをもらってきたので、参考に見てください。いまは、1ユーロ110円ぐらいです。タマゴが二つで340円ぐらいです。ちょっと食べる気が、、、、。



魚屋、少し大きめのスーパーにはパック入りの細巻きセットが売られています。先日紹介したアジアショップで、冷凍の刺身、海苔、海苔巻きセット、寿司用の米、寿司酢、まあ品質さえ問わなければ何でもそろいます。
友人でも、今日は寿司パーティーをすると言っている人もいます。本当に出来るの????と思ってしまいますが、それなりの材料はそろうので、何とかやっているのでしょう。ほとんどが海苔巻き作るみたいです。海苔も普通のスーパーで売られています。

先日、ハイデルベルクにMoschMoschというラーメン屋が出来ました。MoschMoschというのは、日本人が電話に出る時に「もし、もし」というのをもじってつけた名前だと思います。ドイツ人にはこの「もし、もし」が結構おもしろいみたいです。ドイツ人に電話をかけると、「ミュラー」と一言自分の名前を言うだけです。「もしもし、○○でございます」とは言ってくれない。これが何ともぶっきらぼうで、いつも電話する時にドキドキします。
まだこのラーメン屋にも入ったことはありませんが、日本食は1年後のお楽しみにしておきましょう。

まあ、家でも手打ちうどんならぬ足踏みうどんを作っていますが、2時間ぐらいかけて作ったうどんを5分で食べてしまうのが、ちょっとわびしい感じです。でも、結構おいしくできます。

昨日、スーパーで日清焼そばを買ってきました。さて、ここで問題ですが、この日清焼そば日本で売っているものと2カ所違いがあります。アルファベット、英語表記は別にして当ててみてください。「日本の味をそのまま!」って書いてあっても、誰も読めないと思いますけど。
正解は、後日。

2010年6月14日月曜日

リクエストにお答えして ステンドグラス in ハイデルベルク −4−

下のコメントのリクエストにお答えして、解説なしにシュライター氏のステンドグラスを紹介します。
下のステンドグラスのシリーズですので、下の解説が案内役を務めてくれると思いますが、自由に解釈してみてください。
テーマは「復活」です。


そしてもう一つ、テーマは「迫害」です。

シュライター氏のステンドグラス制作工場の様子は以下のホームページで見ることができます。もしくは、上の青い字↑をクリックしてください。
http://www.peterskirche-heidelberg.de/galerie/Schreiterfenster_Werkstattbesuch

ステンドグラス in ハイデルベルク −3−

2回にわたってお伝えしたシュライター氏のステンドグラスの設置計画が、大学教会のペテロ教会で進んでいます。
現在、4箇所のステンドグラスが設置されていますが、あと大きな3つの窓、小さな2つの窓の作成が計画されています。

現在作成されているものの中の一つをご紹介します。まずは、このステンドグラスを見てください。

聖霊教会の作品とはまた違う趣を持っていますが、シュライター氏らしい特徴も見ることができます。

なんのことかさっぱり分からないとっしゃる方もおられると思います。

シュライター氏は、いわゆる誰もが慣れ親しんでいるキリスト教のイメージを用いず、独自の表象言語を用いてキリスト教信仰を表現していますので、ぱっと見て分かるというものではありません。しかしそれだけに、わたしたちに多くの解釈と深い黙想の可能性を与えてくれます。

自由に解釈してもいいのですが、いくらかの鍵があります。

まず、ステンドグラスは左から右へと見てください。

このステンドグラスで目を引くのが、右側に描かれたコの字(逆コの字)が向き合って並んでいるところではないでしょうか。その組み合わせの多くが、右が灰色、左が白になっています。すべてが全く同じかというと、それぞれ少しずつ違っていることがお分かりでしょうか。しっかりと向かい合っているものもあれば、うまくいっていないものもあります。その間に何かが生まれているものもあれば、全く結びついていないものもあります。

次に、色に注目してください。

白という色は、清らかさ、光、救い、喜びを表します。その対極にある灰色は非常に微妙で、アンビバレント(両義的)な色です。つまり、灰色は黒と白の混ざったものです。それで、みなさんはこの灰色を、白に死や恐怖を表す黒が入りこんできた色と見なすでしょうか。それとも、黒に復活や喜び、希望を表す白が入りこみ、黒を凌駕しようとしている色と見なすでしょうか。


このステンドグラスのテーマは「出会い」です。コの字は人間、その組み合わせは様々な出会いを表現しています。
いまみなさんが経験している出会い、もしくは人間関係はどの姿ですか?みなさんは白ですか、それとも灰色でしょうか。
しかし、何もこのステンドグラスは人間の一般的な出会いだけを表しているわけではありません。
左の上から下へと貫かれた力強い赤い線は「神の愛」を表現しています。そして、左の白い部分、つまり神の国から、真ん中に白い光が差し込んできています。それはキリストの復活の光です。その復活の光に繋がっているコの字(人)が、おそらく元は灰色であったコの字(相手)と出会い、そのコの字は白へと変わっています。そして、その二つを神の愛の色である赤い十字架が結びつけています。

ひょっとすると、左がキリストで、右がこれまでの人生における様々な場面でのわたし自身であるかもしれません。

唯一の正解というものはありません。みなさんなりに、それぞれに解釈してみてはいかがでしょうか。あらたな「出会い」を発見できるかもしれません。

ドイツの教会はお金があるから、こんなステンドグラスを作れるのだと簡単に考えないでください。ペテロ教会もお金がなく、新しいステンドグラスのために募金を募っています。

以前、いま設置されているステンドグラスの説明会が開かれた時、ある夫婦が「一体このステンドグラスはいくらするのですか」と聞いてきたそうです。わたしは知らないのですが、結構な額だそうですが、その額を担当の方が個人的に告げると「それをわたしたちに献げさせてください」と言ってこられたそうです。そういう夫婦がもう1組あったと聞いています。

こういう方がおられるから、すばらしいステンドグラスが生まれるのか、それともすばらしいステンドグラスがこういう方を生み出すのでしょうか。

2010年6月7日月曜日

教会の日常性と非日常性 −コメントへの応答ー

前回のステンドグラス論争についてのコメントへの応答の一つとして、あるベルリンの教会の礼拝堂を紹介します。
ハイデルベルクのステンドグラス論争も、この教会の礼拝堂も私の説教学の時間に「教会の日常性と非日常性」について話し合う時のきっかけとして紹介しているものです。

ベルリンの教会は12年ほど前に訪問した時に、衝撃を受けました。ベルリンにプリョツェンゼー(Plötzensee・プレッツェンゼーという表記もあります)のこの教会に訪問した時に、その礼拝堂の造りに驚きました。この教会というか、比較的新しく建てられた教会センターの中にある礼拝堂は、聖餐卓を真ん中にして、四方を会衆席が囲み、その四角の一角にオルガンとその対角線上に説教台がある作りです。写真を見てもらうと想像がつくでしょうか。

それだけでしたら、聖餐卓を囲む礼拝を意識した構造の礼拝堂だと言えます。それ自身も大きな驚きだったのですが、会衆席に座って礼拝堂の壁を見てみると、白黒で絵が描かれています。右手奥の絵が見えると思います。

一般的な教会だと聖書の一場面が書かれていることが多いのですが、その教会は違っていました。

下の絵が描かれていたのですが、これは何かお分かりでしょうか。




これは、第二次世界大戦下におけるドイツの監獄の一室で、処刑されている場面です。この礼拝堂では、この絵(現実)を見ながら礼拝を守っています。この絵(現実)を見ながら聖餐卓を囲んでいます。説教が語られ、賛美歌が歌われています。この絵は邪魔でしょうか。それとも、この絵はこの絵(現実)に相応しい礼拝、説教、祈りを求めるチャレンジなのでしょうか。

もちろん、この絵は単にドイツのナチス時代の悲惨な出来事だけを表しているわけではありません。人類の様々な悲惨さ、アパルトヘイト、南京大虐殺、広島・長崎、ベトナム戦争、湾岸戦争、民族紛争、貧困、虐待、DV などさまざまな暴力を連想させます。

多くの人が、こんな暗くて悲惨な絵を見ながら礼拝を守りたくないと言うでしょう。その気持ちも分からなくはないです。しかし、十字架にかけられ血を流すイエスとこの絵は何が違うのでしょうか。

実は、プリョツェンゼーのこの教会の横に、かつての監獄・処刑場があります。そこでは1933年から1945年までに2891人の人が処刑されたということです。その半数がナチスに抵抗したドイツ人、後はチェコスロバキア人、フランス人、ポーランド人でした。その処刑場が現在も残されており、そこを訪れた後にも教会を訪問しました。それは大きなショックでしたが、大きなチャレンジでもありました。

日本でも、教会の周りで、また教会そのものが様々な出来事を経験してきましたが、その出来事と教会建築や礼拝堂におけるモニュメント、飾り、シンボルがどのような関係にあるのだろうと考えてしまいます。
もちろん、これが正解ですというものはありません。またこういう問題がハイデルベルクの教会のように教会を二分してしまうかもしれないという懸念もあります。そんな悲惨な現実を見たくない、早く忘れてしまいたいという人も多いでしょう。でも、忘れてしまうことが出来ない現実がそこにあるというのも事実です。


何もなかったように教会がそこに建ち、礼拝が守られていることももどうなのでしょうか。それにもまして、そんなことみじんも考えなかった、まったくそんな発想もなかったということの方が憂慮すべきことかもしれません。

ドイツの教会がみんなこういう教会だというわけではありませんが、少なくともこの教会はこの現実の中で礼拝を守っています。

ステンドグラス in ハイデルベルク −2−

以前、聖霊教会のステンドグラスについてお伝えしましたが、実は前回お伝えした物理学部のステンドグラスの他に、いくつか学部を表現したステンドグラスが計画されていました。

上から、医学部、生物学部、音楽学部、哲学・文学学部です。それぞれの意味を考えてみてください。

ところが、物理学部のステンドグラスが出来た後、この教会で論争が起こり、このステンドグラス計画が中断してしまったのです。


広島をモチーフにした物理学部のステンドグラスを見た人たちの中で、意見が二つに分かれてしまったそうです。




1つは、
「わたしたちは日常生活の中でこのような現実の問題に取り組んでいるのだ。日曜日までその問題を見たくはない。むしろ日曜日の礼拝においては、そういう現実から解放され、神の言葉を聞きたい。そうすることによってこそ、また現実の問題に取り組んでいく力を得るものだ」
という意見です。もちろんこの人たちはさらに同じようなステンドグラスを設置していくことに反対です。


もう一つは、
「教会の礼拝というものは、現実問題から乖離したところで行われるものではない。説教の言葉もまさにそういう問題の中でこそ語られるべきものである。教会はこの世界の現実のただ中でこそ、語るべき言葉を持つべきだ」
という意見です。この人たちは推進派です。


結局、意見の収集がつかず、物理学部のステンドグラスが出来たのち、この計画はおじゃんになり、ステンドグラス作家(シュライター氏)にとっては残念な結末になってしましました。


みなさんはどう思いますか。

現在、このステンドグラス作家の新しい作品が、大学教会のペテロ教会で作られつつあります。

今度はそちらのステンドグラスを紹介します。

2010年6月3日木曜日

フランケンシュタイン自転車

自宅から神学部までは約4Kmほど離れているので、だいたい自転車で行きます。道を選ぶと信号を通らなくてもいけるので、だいたい20分ほどの道のりです。
今日も、半分ぐらいいったところで、なんだか右足がすかっと抜けた感じになり、足元を見てみると自転車のペダルがありません。よく見てみるとペダルとクランクアームをつないでいる直径1.5cmほどの鉄の芯が折れてしまっています。「なにーっ!こんなことがあるんか?」と思っても仕方がないので、しぶしぶ方向転換をして自転車屋さんに逆戻りをしました。
以前、4月の始めに、中古自転車を買ったことをブログに書きました。その後2ヶ月が経ちましたが、いろいろなところが壊れてきて、ちょっと辟易していたところでした。

自転車のスタンドの長さを調整するネジが緩んで、ふと見るとスタンドの一部が無くなっていました。来た道を戻ると、その部品が落ちていました。自転車屋に持っていくと、ネジを締めてくれましたが、その1週間後にまた外れてしまいました。また持っていくと、自転車の振動でネジが緩むのだというのです。「たった1週間で????」と言い返しましたが、仕方がないというのです。もちろん新しいものに取り替えてもらうことはできますが、しゃくに障るので、テープでぐるぐる巻にして取れなくしました。

サドルの高さを決めるネジがゆるゆる。自転車に乗っていると、段々とサドルが下がってきます。また、締めてもらいました。

ギアの一部のネジが緩んで、ギアが変わらない。これも直してもらいました。

荷台の一部ノネジが緩んで、無くなっていました。その辺にあったネジを付けてもらいました。

電気がつかない。見てもらうと、コードが傷んでいて、換えないといけない。一晩あずけて、5ユーロ(600円)払いました。

これで、もう大丈夫だと思っていた矢先に、ペダルが折れるという、想像もしなかったアクシデントに唖然としました。
自転車屋に持っていくと、「ペダルを替えないといけないな」といって、そこに積み上げている中古の部品の中から「これが合うんじゃないかな」と取り出し、付け替えてくれました。もちろん左右微妙に違うペダルです。「まあ、2ユーロでいいわ」といわれました。

壊れた部品の山、たくさんの中古自転車。きっと、こうやってまだ使える部品を組み合わせて、自転車を組み立てて、それで売っているわけです。まるで身体の部位を組み合わせて作られたフランケンシュタインですね。わたしの妻の自転車もタイヤが異様に太い感じがする。

そういう古いものを何とか使い続ける、使えるものを使い続けるドイツ精神は尊敬しますが、それがそれほど安くなく、修理し続けなければならないのには閉口します。逆に、安いものをどんどんと買い換えていく日本は、ちょっと考え直さなければならないかもしれません。