ドイツ人は几帳面さですかと聞かれれば、几帳面だと答えます。では、日本人とドイツ人ではどちらが几帳面かと問われれば、答えに困ってしまいます。
どちらも几帳面だと思いますが、それぞれこだわるこだわるところが違います。店でものを買って、紙で包装してくれるそのきれいさは断然日本の方が優っています。様々な日常用品の質は断然日本の方が上だと思います。ドイツのサランラップみたいなのは切りにくいし、箱がすぐ壊れる。
しかし、たとえばドイツでは仕事で使った車の経費を清算するのは、車の走行距離積算計で何キロから何キロまで走ったということを記録ノートに付けてそれを提出して申告し、1キロあたりいくらという計算で支払われます。バスも電車も、改札、必ず運転手に支払うということはありません。みんな無賃乗車じゃないのか、ひょっとしてただで乗れるかもという印象を持ちますが、みんなそれぞれ切符や、定期や回数券を持ています。ちなみにドイッチェ・バーン(ドイツ鉄道)では、インターネットで切符を注文して、それを家で印刷して列車に乗ることもできます。
それぞれの国民でこだわるところ、几帳面であるところとないところが違うみたいです。わたしたちにとっては、ドイツ人は妙なところが几帳面であるけれども、えっ、そんなんでいいのと思うぐらいルーズな面もあります。
ドイツの几帳面さを表すものの一つに、ビールグラスやワイングラスなどに付けられたラインです。この線で、何ミリリッターということを表す線で、そこまで入れてくれます。その几帳面さは驚きですし、店で頼んだコーラには氷が入っておらず、その線まで注いでくれます。
2010年にドイツ留学を機に始めた「ドイツ滞在日記」の続きとして、日本の日常生活の中で出会ったり、発見したり、経験した躍躍(やくやく:こおどりしたくなる)ような出来事をお伝えします。
2010年5月7日金曜日
2010年5月6日木曜日
ドイツの誕生日文化
ドイツで何が日本人にとって驚きかというと、ドイツの誕生日文化ではないでしょうか。ドイツ人はこの誕生日というのをとても大切にしています。誕生日だと仕事を休んでもいいとさえいわれています。
この留学期間中に、3つの大きな誕生日パーティーがあります。ドイツ到着の日に出席した元同僚の60歳の誕生日パーティー、それから先日行われたお世話になった2人のディアコニッセの二人(それぞれ80歳)で160歳の合同誕生日パーティー、そして5月の末にはわたしの指導教授夫妻の二人で150歳の合同誕生日パーティーが予定されています。
また、こんなにもタイミング良く、わたしたちがそれぞれお世話になった人たちの記念すべき誕生日に居合わせることができるものだと驚いています。まさに、惑星直列の天文学的偶然性にも匹敵するのではないでしょうか。
まず、誕生日パーティーは誕生日を迎える人が、親しい人を招いて行います。家に招くということもありますが、こういうきりのいい誕生日にはホテルの1室や、教会の集会場を借り切って、行われます。それも盛大な食事を用意し、5時間ぐらい続きます。
そこでは多くの人が出会うチャンスでもあり、互いに親交を深め、お互いの幸せを願うときでもあります。
もちろん招かれた人は、何かしらのプレゼントをもっていきます。そのプレゼントの気が利いているのが、なぜこのプレゼントを贈るかというメッセージです。プレゼントそのものはそんなに高いものではありませんが、そこに込められた思い、ユーモア、贈る人らしさ、贈られた人らしさがそこに表れています。
そして、それぞれが出し物を用意します。自作の詩の朗読、歌、演奏、スピーチなど、たくさんの出し物が用意されていて、飽きることはありません。
飽きるどころか、しゃべる・しゃべる・しゃべる、延々としゃべり続けます。まだ言葉が十分にできなかったときは、これが苦痛だったのですが、徐々に話せるようになると、その輪の中に入っていけます。
さて、先日行われたディアコニッセの誕生日は昼の12時から間に45分の休憩をふくんで6時まで行われました。食べる、しゃべる、歩く、食べる、しゃべると続いていきます。
これが誕生日パーティーが開かれたホテルです。
次にメインディッシュ、上の黄色いのがこの地方の名物パスタ(シュペッツレ)
最後にデザート
もうこれでお腹いっぱい!
それでも、45分ほど散歩をしてから(菜の花畑を散歩)
この大きさ(日本のケーキの1.5倍ぐらい、直径30cmのケーキ)、種類の多さ(写真以外にもあと数種類)、食べ放題(一人2−3種類)、何とも至福の時間です。胃袋に限界があるのが残念なぐらいです。
6時になって、ようやく片付けも終わったところで、80歳のディアコニッセとわたしたちと他の2人で「夕食どうする?」。えーっ、まだ食べるのといいたいところですが、じゃあ、レストランへ行こう ということになりました。
この体力についていけないと、ドイツでは生きていけません!?
そこで、また食べる、食べる、しゃべる、しゃべる。まあ、本当に胃袋も語学力も鍛えられます。そして、80歳の女性が、何でもぺろりと食べてしまう、その食欲とエネルギーには驚かされます。ただ、太りすぎているとは思いますが。
夕食には今が旬の白アスパラ(シュパーゲル)。この春を逃すと、もう次の春までありません。もう一生食べられないかと思うと、思わず別腹が・・・。
実は、わたしたち夫婦は今年で合わせて100歳。こんな誕生日文化の中でどうしましょうか・・・?
この留学期間中に、3つの大きな誕生日パーティーがあります。ドイツ到着の日に出席した元同僚の60歳の誕生日パーティー、それから先日行われたお世話になった2人のディアコニッセの二人(それぞれ80歳)で160歳の合同誕生日パーティー、そして5月の末にはわたしの指導教授夫妻の二人で150歳の合同誕生日パーティーが予定されています。
また、こんなにもタイミング良く、わたしたちがそれぞれお世話になった人たちの記念すべき誕生日に居合わせることができるものだと驚いています。まさに、惑星直列の天文学的偶然性にも匹敵するのではないでしょうか。
まず、誕生日パーティーは誕生日を迎える人が、親しい人を招いて行います。家に招くということもありますが、こういうきりのいい誕生日にはホテルの1室や、教会の集会場を借り切って、行われます。それも盛大な食事を用意し、5時間ぐらい続きます。
そこでは多くの人が出会うチャンスでもあり、互いに親交を深め、お互いの幸せを願うときでもあります。
もちろん招かれた人は、何かしらのプレゼントをもっていきます。そのプレゼントの気が利いているのが、なぜこのプレゼントを贈るかというメッセージです。プレゼントそのものはそんなに高いものではありませんが、そこに込められた思い、ユーモア、贈る人らしさ、贈られた人らしさがそこに表れています。
そして、それぞれが出し物を用意します。自作の詩の朗読、歌、演奏、スピーチなど、たくさんの出し物が用意されていて、飽きることはありません。
飽きるどころか、しゃべる・しゃべる・しゃべる、延々としゃべり続けます。まだ言葉が十分にできなかったときは、これが苦痛だったのですが、徐々に話せるようになると、その輪の中に入っていけます。
さて、先日行われたディアコニッセの誕生日は昼の12時から間に45分の休憩をふくんで6時まで行われました。食べる、しゃべる、歩く、食べる、しゃべると続いていきます。
これが誕生日パーティーが開かれたホテルです。
そこで出された料理を少し紹介しますと、
まずスープ
そしてサラダ
次にメインディッシュ、上の黄色いのがこの地方の名物パスタ(シュペッツレ)
最後にデザート
もうこれでお腹いっぱい!
それでも、45分ほど散歩をしてから(菜の花畑を散歩)
ケーキ、ケーキ、ケーキ・・とコーヒー
この大きさ(日本のケーキの1.5倍ぐらい、直径30cmのケーキ)、種類の多さ(写真以外にもあと数種類)、食べ放題(一人2−3種類)、何とも至福の時間です。胃袋に限界があるのが残念なぐらいです。
6時になって、ようやく片付けも終わったところで、80歳のディアコニッセとわたしたちと他の2人で「夕食どうする?」。えーっ、まだ食べるのといいたいところですが、じゃあ、レストランへ行こう ということになりました。
この体力についていけないと、ドイツでは生きていけません!?
そこで、また食べる、食べる、しゃべる、しゃべる。まあ、本当に胃袋も語学力も鍛えられます。そして、80歳の女性が、何でもぺろりと食べてしまう、その食欲とエネルギーには驚かされます。ただ、太りすぎているとは思いますが。
夕食には今が旬の白アスパラ(シュパーゲル)。この春を逃すと、もう次の春までありません。もう一生食べられないかと思うと、思わず別腹が・・・。
実は、わたしたち夫婦は今年で合わせて100歳。こんな誕生日文化の中でどうしましょうか・・・?
登録:
投稿 (Atom)