2010年10月11日月曜日

Thingstätte ハイデルベルク

先日のハイキングで、ハイデルベルク城の対岸の山に登ると、山の中に突如としてまるでローマのコロシアムか、古代の野外演芸場かと思うほどの施設が現れます。

一番下に舞台があり、山の斜面を利用してた見上げるほどの階段席がその舞台を半円に囲んでいます。いったい誰が、なんのために造ったのかと思わせる謎の施設です。
舞台から観客席を見たところ
これは、Thingstätteと呼ばれる野外演芸場です。Stätte(シュテッテ)はドイツ語の場所という意味ですが、Thingは、英語のsomethingのthing(シング)かと思わせるようなドイツ語ではあまり聞かない言葉です。

あとで家で調べてみると、Thingは英語ではなく、ティングと発音して、古代ゲルマンの民衆の集会場、裁判集会を表す言葉だそうです。


1930年代、ドイツのナチス時代、国家勤労奉仕隊とハイデルベルクの学生たちによって、ナチスのプロパガンダのために造られたものです。
その目的は、
「共同体験によって、ヒトラーの考えに基づいた新しいドイツ人を形成する」
ことでありました。つまり、大勢で劇を見たり、またそこで共に歌ったりすることで、一体感とドイツ人としての民族意識を高めようとしたものです。

1935年6月22日にこけら落としが行われ、8,000人の席と、5,000人の立ち席があり、初興業には20,000人が集まったと言われています。

ある一定の年齢の日本人はドイツと聞くと、「ローレライ」「ムシデン(さらば、さらば、我が友)」などのドイツ民謡を連想され、また実際に歌える方も多いと思いますが、こういう民謡もヒットラー時代に民族意識の高揚のために用いられていたため、ドイツの戦後世代は全く歌わなくなってしまったということです。
しかし、山の中にこれほどの劇場を造るとは、すさまじい団結力と実行力だったと言えます。しかし、今はもう廃墟となって、4月31日から5月1日になる深夜に祝われるヴァルプルギスの夜・魔女の夜と呼ばれる、春の到来を祝う祭りの時に何千にもの人がここに集まるだけだそうです。まさに「春荒城の花の宴」です。

2 件のコメント:

  1. ナチス時代の建造物は敬遠されがちな物も多いのでしょうか?
    それにしても、もったいないですね・・・もっと市街地に近ければ、普段から演劇の野外公演やパフォーマンスに活用できるでしょうに・・・。

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  2. ゆゆゆさん、コメントありがとうございます。
    すばらしい造りで、本当に圧倒させられる建造物です。

    でも、8,000人、20,000人が入って、しかも野外で、どれだけ大きな声で話をしたのだろうかと思います。マイクなんかあったのでしょうか???

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