2週間ほど前は、20年来の記録的な大雪かと思えば、ここ数日は奇妙に暖かい日が続いています。ハイデルベルクでも2週間ほど前は最高気温が−5度ぐらいだったのが、最近は最高気温が7−8度まで上がっています。そして、連日の雨です。そのため、まわり一面雪景色だったのが、ひとかけらの雪もなくなってしまいました。
こういう気温になると一番心配されるのが、川の増水、氾濫です。豪雨が降るわけではありませんが、積もった雪が溶け、さらに雨が降ることで、ドイツ各地の河川が増水し、洪水被害が広がっています。
わたしたちが住んでいるハイデルベルクでも、ネッカー川の水位が上がり、一部道路が冠水したところもあります。
同じ場所を撮影した写真がないので、比較が難しいですが、増水している様子が分かるでしょうか。
2010年にドイツ留学を機に始めた「ドイツ滞在日記」の続きとして、日本の日常生活の中で出会ったり、発見したり、経験した躍躍(やくやく:こおどりしたくなる)ような出来事をお伝えします。
2011年1月9日日曜日
悲しい知らせを受けました
今朝、郵便受けに悲しい知らせが届けられていました。
黒縁の封筒は、訃報です。ほとんどの場合、封筒には送り主の名前が書かれていないそうです。
誰からの手紙だろうと思って、ドキドキし、「もしかして・・」と思いながら封を開けました。
わたしのドイツの指導教授からの手紙で、一昨日おつれあいが亡くなられたということです。
お体の調子が良くないのは存じ上げていましたが、こんなにも早くお亡くなりになるなんて、、、、、。
4月にハイデルベルクに来たときには、昼食を作って迎えてくださり、楽しくお話をさせていただいたのに、、、、、。
仲の良いお二人であったのに、病弱な妻のために過ごしやすい住まいまで造り、引っ越しされたばかりであったのに、、、、、、とても悲しいです。
日本でも黒い縁取りは死にまつわるものでありますが、日本で新聞の死亡広告に取り入れられたのは、1877(明治10)年であったと聞いています。明治30年頃には日本に定着したといわれています。おそらく、開国と共にヨーロッパ・アメリカから日本に入ってきた習慣であったのでしょう。
黒縁の封筒は、訃報です。ほとんどの場合、封筒には送り主の名前が書かれていないそうです。
誰からの手紙だろうと思って、ドキドキし、「もしかして・・」と思いながら封を開けました。
わたしのドイツの指導教授からの手紙で、一昨日おつれあいが亡くなられたということです。
お体の調子が良くないのは存じ上げていましたが、こんなにも早くお亡くなりになるなんて、、、、、。
4月にハイデルベルクに来たときには、昼食を作って迎えてくださり、楽しくお話をさせていただいたのに、、、、、。
仲の良いお二人であったのに、病弱な妻のために過ごしやすい住まいまで造り、引っ越しされたばかりであったのに、、、、、、とても悲しいです。
日本でも黒い縁取りは死にまつわるものでありますが、日本で新聞の死亡広告に取り入れられたのは、1877(明治10)年であったと聞いています。明治30年頃には日本に定着したといわれています。おそらく、開国と共にヨーロッパ・アメリカから日本に入ってきた習慣であったのでしょう。
2011年1月8日土曜日
なんで今頃 厳しーいっ
海外生活をしていてる中での楽しみの1つが、毎日ポストを見ることです。まるで中学、高校時代に、バレンタインデーにあるはずもないチョコを期待して靴箱や机の中をのぞくように、何か日本から郵便が来ていないかと郵便受けをのぞくのが楽しみです。
といっても、今はメールの時代ですから、コンピュータのメール受信箱に受信メール数が赤く記されているのが楽しみですが、郵便にはまた違った趣があります。
しかし、郵便受けに入ってるのは宅配ピザの宣伝か、ものみの塔の日本語冊子(誰が、どのように日本人を見つけて、配っているのか?)ぐらいです。
今日郵便受けを見てみると、やったー、一通の封書を発見。
送り主の名前はアルファベットです。でもドイツ語と似た表記ですが、ちょっと見慣れない配列のアルファベットの単語が並んでいます。そして確かにわたしの名前。
開けてみると、ドイツ語で書かれた手紙と、振り込み用紙。
なんじゃ、これは、と思いながら読んでみると、
送り主はオランダの法務省でした。
「あなたは、以下のオランダのある地域で、8月○日3時47分に80キロ制限のところを84キロで走行したので、下記の罰金を払ってください」
と書いてあります。
確かに、その日に、ドイツからアムステルダムに向かう途中、その地域の高速道路を走っていました。確かこのあたりでうれしがって高速道路の写真を撮ったはずです。データを探してみると、ありました、ありました。この5車線の道です。
もう5ヶ月も前のことです。4キロオーバーで罰金は2000円ほどですが、ドイツまで追跡してくるとは、なかなか厳し−いっ!
といっても、今はメールの時代ですから、コンピュータのメール受信箱に受信メール数が赤く記されているのが楽しみですが、郵便にはまた違った趣があります。
しかし、郵便受けに入ってるのは宅配ピザの宣伝か、ものみの塔の日本語冊子(誰が、どのように日本人を見つけて、配っているのか?)ぐらいです。
今日郵便受けを見てみると、やったー、一通の封書を発見。
送り主の名前はアルファベットです。でもドイツ語と似た表記ですが、ちょっと見慣れない配列のアルファベットの単語が並んでいます。そして確かにわたしの名前。
開けてみると、ドイツ語で書かれた手紙と、振り込み用紙。
なんじゃ、これは、と思いながら読んでみると、
送り主はオランダの法務省でした。
「あなたは、以下のオランダのある地域で、8月○日3時47分に80キロ制限のところを84キロで走行したので、下記の罰金を払ってください」
と書いてあります。
確かに、その日に、ドイツからアムステルダムに向かう途中、その地域の高速道路を走っていました。確かこのあたりでうれしがって高速道路の写真を撮ったはずです。データを探してみると、ありました、ありました。この5車線の道です。
| この写真のデータを見ると、撮影時刻が午後4時11分とありましたから、 この20分ほど前のところで、逆に写真を撮られていました。トホホ。 |
もう5ヶ月も前のことです。4キロオーバーで罰金は2000円ほどですが、ドイツまで追跡してくるとは、なかなか厳し−いっ!
2011年1月6日木曜日
エピファニー・公現日 20*C+M+B+11
今日は、1月6日はエピファニー・公現日です。
カトリックの風習でこどもたちが東方の3人の博士に扮して家々をまわり、今年1年の祝福を祈って回ります。
その祝福の印として、扉に「20*C+M+B+11」と書いていきます。
20と11は、その年、つまり2011年を表します。
その間に書かれたC,M,Bには2つの解釈があります。
1つは、3人の博士の名前
Caspar(カスパー):アジアの象徴
Melchior(メルキオール):アフリカの象徴
Balthasar(バルタザール):ヨーロッパの象徴
の頭文字を取ったものであるということです。
もう一つは、C,M,Bは
Christus mansionem benedicat. (キリストよ、この家を祝福してください)というラテン語のそれぞれの単語の頭文字であるともいわれています。
こどもたちは家々を回って祝福するだけではなく、募金も募っています。そこで集められたお金は、教会を通して海外の様々なプロジェクトに献金されます。
YouTubeでその訪問の様子をご覧ください。
みなさんの家にも祝福がありますように。
カトリックの風習でこどもたちが東方の3人の博士に扮して家々をまわり、今年1年の祝福を祈って回ります。
その祝福の印として、扉に「20*C+M+B+11」と書いていきます。
20と11は、その年、つまり2011年を表します。
その間に書かれたC,M,Bには2つの解釈があります。
1つは、3人の博士の名前
Caspar(カスパー):アジアの象徴
Melchior(メルキオール):アフリカの象徴
Balthasar(バルタザール):ヨーロッパの象徴
の頭文字を取ったものであるということです。
もう一つは、C,M,Bは
Christus mansionem benedicat. (キリストよ、この家を祝福してください)というラテン語のそれぞれの単語の頭文字であるともいわれています。
こどもたちは家々を回って祝福するだけではなく、募金も募っています。そこで集められたお金は、教会を通して海外の様々なプロジェクトに献金されます。
YouTubeでその訪問の様子をご覧ください。
みなさんの家にも祝福がありますように。
2011年1月3日月曜日
シルベスター(大晦日) コンサート・花火・シャンパン
新年あけましておめでとうございます。
まずシルベスターの夜、隣町のチュービンゲンで開催されたコンサートにいってきました。コンサートは、夜の9時からチュービンゲンの古い大きな教会で行われました。8時15分頃に教会に到着すると、そこにはすごい長い行列があり、わたしたちはかなり後ろの方までいってその行列に並ばなければなりませんでした。雪の積もる寒いところで「長いことドイツにいるけれど、教会の前にこんな行列を見たのは初めてだ」等と冗談を言いながら、30分ほど並んでようやく教会に入ることが出来ました。案の定すでに満席で、わたしたちは2階に席を見つけたので、教会の柱で演奏者の一人は見ることはできません。
コンサートから帰るとすでに11時を過ぎていましたが、ここからがドイツのシルベスターの本番です。すでに街角からは「バン、バン」という花火の音が聞こえてきます。
12時になり、新年を迎えると街中で一斉に花火が打ち上げられます。12月29日から31日までドイツでは花火の売り買いをすることが許され、特に若い人たちは大量の打ち上げ花火を買い、新年を迎えると同時にその花火を打ち上げます。街中の至る所で花火が打ち上げられ、その音が鳴り響きます。
これはヨーロッパの古い習わしで1年の変わり目に表れる悪霊たちを爆音で追い払おうとするものです。
この花火と同時に、人々は手に手にシャンパングラスを持ち、グラスをならしながら「Gutes Neues Jahr!(よい新年を)」と挨拶を交わします。
さて、1月1日は友人の誕生日、例によって午後4時から、お茶・ケーキで始まり、夜遅くまでしゃべる、しゃべる、しゃべる、また懐かしい人とも出会い、楽しい時を過ごすことが出来ました。
しかし、ドイツの新年は日本に比べると何となくあっけなく、ちょっと物足りない感じです。シャンパンもケーキも良いけれど、やっぱりお雑煮食べたい....。
(ちなみに、シャンパンというのはフランスのシャンパーニュ地方産の発泡ワインのこと、ドイツの発泡ワインはゼクトといいます。わたしたちはシャンパンではなく、ゼクトを飲みました。)
Gutes Neues Jahr! みなさまもよい年をお過ごしください。
2010年12月28日火曜日
クリスマス・三が日・松の内 変化するクリッペ
12月24日の午後からはあらゆる店が閉まり、クリスマスに向けてすすべてのこの世的なものが一旦停止するかのような雰囲気が漂っています(もちろん、バスも、電車も動いていますが)。
12月24日午後5時 クリスマス・イブ礼拝
12月25日午前11時 クリスマス礼拝
12月26日午前11時 クリスマス第2礼拝、今年は日曜日と重なったので、クリスマス第1聖日礼拝となりました。
わたしは勝手に「クリスマス・三が日」と名付けていますが、ここからクリスマスが始まり、1月6日までが「クリスマス・松の内」となります。伝統的には12月24日からクリスマスツリーを飾り、1月6日まで飾っておきます。1月7日がツリーの回収日です。
さて、12月25日の朝、カトリック教会をのぞいてみると、以前紹介したクリッペが若干変化していました。20日に紹介した写真では、マリアとヨセフは街に入ってきたばかりでしたが、25日にはその橋の下、もしくは道の下でマリアとヨセフはイエスを抱えています。そこには、羊飼いや博士たちだけではなく、他の人もそこにそこに集まってきています。
この場面から、下の場面へと進展していきます。
どこに、誰を、どのように配置するかということを考えるだけでもわくわくしますし、そういうことを話し合いながら聖書を読むのは、小難しい聖書研究よりよっぽど豊かな学びになると思います。
このカトリック教会には、伝統的なクリッペもあります。
それに、このフラワーアレンジメントなかなかダイナミックですごいじゃないですか。
こういうものを見ていると、なんだか毎年倉庫から使い古した飾りを出すだけではなく、「考えなさい、考えなさい」といわれているようです。
12月24日午後5時 クリスマス・イブ礼拝
12月25日午前11時 クリスマス礼拝
12月26日午前11時 クリスマス第2礼拝、今年は日曜日と重なったので、クリスマス第1聖日礼拝となりました。
わたしは勝手に「クリスマス・三が日」と名付けていますが、ここからクリスマスが始まり、1月6日までが「クリスマス・松の内」となります。伝統的には12月24日からクリスマスツリーを飾り、1月6日まで飾っておきます。1月7日がツリーの回収日です。
さて、12月25日の朝、カトリック教会をのぞいてみると、以前紹介したクリッペが若干変化していました。20日に紹介した写真では、マリアとヨセフは街に入ってきたばかりでしたが、25日にはその橋の下、もしくは道の下でマリアとヨセフはイエスを抱えています。そこには、羊飼いや博士たちだけではなく、他の人もそこにそこに集まってきています。
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| 12月20日 |
この場面から、下の場面へと進展していきます。
| 12月25日のクリッペです |
このカトリック教会には、伝統的なクリッペもあります。
| これもなかなか立派です。イエスの右にひざまずいているのは誰でしょう? |
それに、このフラワーアレンジメントなかなかダイナミックですごいじゃないですか。
こういうものを見ていると、なんだか毎年倉庫から使い古した飾りを出すだけではなく、「考えなさい、考えなさい」といわれているようです。
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