先日の日曜日、4月18日は、街の中心にある聖霊教会に行ってきました。
この教会は、1398年から1515年の間、100年以上もかけて作られた教会です。ハイデルベクルは1556年にルター派になり、その後カルバン派にあらため、その後カトリック化されるという非常に希な歴史を経験しています。そのため、住民はプロテスタント信者と、カトリック信者が混在しており、1706年から1936年まではこの聖霊教会の奥の部分(内陣、聖歌隊席)はカトリック教会、長い部分(会衆席)はプロテスタント教会が使用しており、その境には壁が設けられていました。1936年にプロテスタント教会の所有となり、現在に至っています。
歴史豊かで、また大きく、荘厳なこの教会は観光名所の一つになっています。
内部の装飾やシンボル、ステンドグラスについてはいずれまたお伝えします。これがまたおもしろいんです。
もちろんこの教会にも信徒はいて、日曜日には11時から礼拝がまもられています。
18日の礼拝は南アフリカのハイデルベルクという町のLesedi Show Chorという教会コーラスグループが礼拝の中で歌うという特別な礼拝でした。
基本的にドイツの教会の礼拝では写真を撮ることが好まれていません。ビデオ撮影もしません。日本の教会のように誰かがパチパチと写真を撮っているようなことはないのです。ただ、日本の神学部の学生たちの"教育と研究"のためにドイツの礼拝を見せてあげたいという思いで、勇気を振り絞って牧師に頼み、「あまり目立たないところでしたらいいですよ」という許可をもらいました。
あまり目立たない、けれども礼拝の様子をとれる場所を確保し、大きなスタンドをもっていくと目立つので、教会の椅子に付けるような小さなスタンドで、スタンバイ・オッケー!
するとわたしの前に3人の子ずれのお母さんが、「ここ、ここ、ここが良いわよ。ハイ、早く座って」と、やってくるではないですか。
「チョット、チョット、チョット、ここはわたしが撮影するために見つけたベストポジション、その前に座られては困ります」とも言えず、しかたがなくちょっとずらしてみるものの、この家族が邪魔。こどもはチョロチョロ動くし、立ったり、座ったり。「あー、せっかくのチャンスが」と思いつつも、この家族は何も悪いことはありません。本来礼拝を守ることが中心で、撮影は二の次ですから、何とか工夫して撮影しました(下の映像に出てくる家族ですよ↓)。
コーラスが、礼拝の中で、4回。ドイツの荘厳は雰囲気とは全く違うアフリカのリズムとメロディー、聞き慣れないズールー語の響きが違和感というよりも、まさに聖霊の働きによって、世界の教会がこの礼拝堂の中でシンフォニーを奏でているような心地よさを感じました。
ドイツ人の会衆も、牧師が用意したアフリカの歌を礼拝の中で歌おうと努力しているのですが、パイプオルガンはどうも合いません。「サンテサナ イェス」という歌を歌ったのですが、本来は手拍子をして、からだを動かしながら、踊りながら歌うような曲ですが、パイプオルガンの伴奏がつくと、「サ〜ン テ〜 サ〜ナ〜 イェ〜ス〜♪」というような感じになってしまいます。まあ、太鼓や打楽器をもってこないとダメですね。
礼拝では、聖餐式が祝われました。大きなサークルを作り、パンと葡萄酒(白ワイン)を受けます。最後は手をつないで、祈り、Laudate omnes gentes(すべての人よ、主をたたえよ)という歌を歌いながら、席に帰って行きました。
もっといろいろと報告したいことがありますが、百聞は一見にしかず、映像で見てください。ただ、4回のコーラス、聖餐式で、90分の礼拝になり、電源コードをつないでなんてこともできないので、最後のほうはバッテリーが0。何とか祝祷まではとれました。
90分の礼拝を10分ほどにまとめましたので、分かりづらいところもありますが、ドイツに来なくても少しだけ、ドイツの教会の雰囲気を味わってください。
礼拝出席は、80人ぐらいだったでしょうか。
さて、みなさんに課題です。ドイツの教会の礼拝と、日本の教会の礼拝と、どこがどう違うでしょうか。気づいた点をコメントに書いてくれたら、礼拝学の単位がもらえるというようなことはありませんが、嬉しいです。
たとえば、高いところにある説教台、説教者の頭の上には何がありますか。それは何を意味しているのでしょうか。
2010年にドイツ留学を機に始めた「ドイツ滞在日記」の続きとして、日本の日常生活の中で出会ったり、発見したり、経験した躍躍(やくやく:こおどりしたくなる)ような出来事をお伝えします。
2010年4月22日木曜日
2010年4月20日火曜日
バッハ・カンタータ神学解釈ゼミ
先日、ブログに書いたように、メラー教授のバッハのカンタータを神学的に解釈するゼミに参加してきました。
18:15−19:45の時間帯のゼミです。30人ぐらいのクラスです。ドイツの大学には履修登録はありません。ですから出席表もありません。
授業は今回で2回目なのですが、メーラ教授が
「いまここにいる人が、ゼミの参加者と思っていいですか。欠席は2回まではしかたありませんが、3回を越えたら、ゼミ参加証明書は出せません.もちろん参加するのはかまいませんが証明書は出せません」
ということです。
なかなか厳しいのと、結構アバウトな感じです。でも、結局自分なのです。自分が自覚的に参加して、積極的に課題に取り組んで、それで得た成績を集めて自分の必要な学位の条件や証明にするということです。
続けて、
「このゼミで、バッハのカンタータの神学的解釈を試みたい人は次週までに申し込んでください」
ということです。このゼミでは何もしなくても、そこにいるだけで参加証明書はもらえます。しかし、その上に発表をすることでそれを評価した成績証明書がもらえるわけです。
いまひとつドイツの大学のシステがよく分かっていませんが、とにかくやりたい人が自主的にやりたいことをやって、自分に必要な単位を集めるということです。
もちろん、いろいろな資格やテストの前提条件がありますので、自分がそのテストを受けたければ必修科目も決まってきます。別の言い方をすると、必修科目は自分で決めるわけです。なんだか日本の大学は親切すぎて、学生は受け身的な感じがしますね。まあ、それぞれのお国柄ですから。
さて、バッハのカンタータの解釈ですが。
今日は、概論の第2回でマウトナー講師(共同主催者)の講義です。
1.文献紹介
2.バッハ受容史
3.カンタータとは何か?
4.解釈の方法論
というのがゼミの内容でした。バッハの死後、啓蒙主義と敬虔主義の理性中心主義・個人主義の時代の流れの中ではなかなかバッハは評価されず、非常に厳しい批判もあったそうです。それが19世紀半ばロマン主義の登場で再び評価されてきたということです。その後20世紀に入りようやく神学的な評価の取り組みがなされてきました。
バッハの解釈の話に入ったのですが、マウトナー講師が用意した内容の5分の1ぐらいのところで、19:40ぐらいになると、学生がそわそわし始めます。別にチャイムは鳴らないのですが、そろそろ終わりだということです。この辺は日本の学生もドイツの学生もあまり変わりありません。
ただ、驚くべきことに、ドイツの学生はほとんど授業中居眠りをしていません。それを学生にいうと、ドイツの学生は眠たければ授業に出てこないだけだということです。眠たくても授業に出てきて居眠りをしてしまうのと、眠たければ授業に出ないのとはたしてどちらが良いのでしょうか。
それともドイツの教授の話はそれほどおもしろく、日本の教授はそうではないということでしょうか。ドイツの授業ではレジュメもなければ、板書もなし、パワーポイントなんてものも使いません。ただ、しゃべっているだけ、学生はそれぞれにノートを取っている。最近はノートパソコンの持ち込みも多くなりました。わたしの隣の学生は、違う文章を見たり、インターネットを開けてみたり、この辺は日本の学生と同じかな。
講義でおもしろかったのは、
バッハのカンタータで用いられている楽器にはそれぞれモティーフがあるということです。
たとえば、
縦笛(リコーダー)は死 (昔リコーダーは空洞の骨を用いられていた)
ホルンは羊飼い
トランペット・ソロは勝利
金管楽器は勝利や統治
などといったことです。あとはリズム、メロディー、ハーモニーにもそれぞれ意味なりモティーフがあるということでした。
バッハ、なかなかすごい(そんなことも知らなかったのかと言われるかもしれませんが)。
とにかく、学ぶことは楽しいですね。
解釈についての残りは来週のお楽しみだ。
ただ、カンタータを聞いて、この楽器を聞き分けられるのか。中学の音楽の実音テストを思い出す。
いま、鈴木雅明指揮 日本バッハ・コレーギウム演奏のバッハCDが話題になっています。なんとこの演奏を神戸松蔭女子学院大学チャペルで聞けるんですよ。
18:15−19:45の時間帯のゼミです。30人ぐらいのクラスです。ドイツの大学には履修登録はありません。ですから出席表もありません。
授業は今回で2回目なのですが、メーラ教授が
「いまここにいる人が、ゼミの参加者と思っていいですか。欠席は2回まではしかたありませんが、3回を越えたら、ゼミ参加証明書は出せません.もちろん参加するのはかまいませんが証明書は出せません」
ということです。
なかなか厳しいのと、結構アバウトな感じです。でも、結局自分なのです。自分が自覚的に参加して、積極的に課題に取り組んで、それで得た成績を集めて自分の必要な学位の条件や証明にするということです。
続けて、
「このゼミで、バッハのカンタータの神学的解釈を試みたい人は次週までに申し込んでください」
ということです。このゼミでは何もしなくても、そこにいるだけで参加証明書はもらえます。しかし、その上に発表をすることでそれを評価した成績証明書がもらえるわけです。
いまひとつドイツの大学のシステがよく分かっていませんが、とにかくやりたい人が自主的にやりたいことをやって、自分に必要な単位を集めるということです。
もちろん、いろいろな資格やテストの前提条件がありますので、自分がそのテストを受けたければ必修科目も決まってきます。別の言い方をすると、必修科目は自分で決めるわけです。なんだか日本の大学は親切すぎて、学生は受け身的な感じがしますね。まあ、それぞれのお国柄ですから。
さて、バッハのカンタータの解釈ですが。
今日は、概論の第2回でマウトナー講師(共同主催者)の講義です。
1.文献紹介
2.バッハ受容史
3.カンタータとは何か?
4.解釈の方法論
というのがゼミの内容でした。バッハの死後、啓蒙主義と敬虔主義の理性中心主義・個人主義の時代の流れの中ではなかなかバッハは評価されず、非常に厳しい批判もあったそうです。それが19世紀半ばロマン主義の登場で再び評価されてきたということです。その後20世紀に入りようやく神学的な評価の取り組みがなされてきました。
バッハの解釈の話に入ったのですが、マウトナー講師が用意した内容の5分の1ぐらいのところで、19:40ぐらいになると、学生がそわそわし始めます。別にチャイムは鳴らないのですが、そろそろ終わりだということです。この辺は日本の学生もドイツの学生もあまり変わりありません。
ただ、驚くべきことに、ドイツの学生はほとんど授業中居眠りをしていません。それを学生にいうと、ドイツの学生は眠たければ授業に出てこないだけだということです。眠たくても授業に出てきて居眠りをしてしまうのと、眠たければ授業に出ないのとはたしてどちらが良いのでしょうか。
それともドイツの教授の話はそれほどおもしろく、日本の教授はそうではないということでしょうか。ドイツの授業ではレジュメもなければ、板書もなし、パワーポイントなんてものも使いません。ただ、しゃべっているだけ、学生はそれぞれにノートを取っている。最近はノートパソコンの持ち込みも多くなりました。わたしの隣の学生は、違う文章を見たり、インターネットを開けてみたり、この辺は日本の学生と同じかな。
講義でおもしろかったのは、
バッハのカンタータで用いられている楽器にはそれぞれモティーフがあるということです。
たとえば、
縦笛(リコーダー)は死 (昔リコーダーは空洞の骨を用いられていた)ホルンは羊飼い
トランペット・ソロは勝利
金管楽器は勝利や統治
などといったことです。あとはリズム、メロディー、ハーモニーにもそれぞれ意味なりモティーフがあるということでした。
バッハ、なかなかすごい(そんなことも知らなかったのかと言われるかもしれませんが)。
とにかく、学ぶことは楽しいですね。
解釈についての残りは来週のお楽しみだ。
ただ、カンタータを聞いて、この楽器を聞き分けられるのか。中学の音楽の実音テストを思い出す。
いま、鈴木雅明指揮 日本バッハ・コレーギウム演奏のバッハCDが話題になっています。なんとこの演奏を神戸松蔭女子学院大学チャペルで聞けるんですよ。
2010年4月19日月曜日
キタ−! 春−!
今日の礼拝は街の中心にある聖霊教会に行ってきました。この様子をビデオに撮れたので、またの機会にご紹介します。
礼拝で、日本でもおなじみの実践神学のメラー教授に出会い、食事に誘われました。
「どこかレストランにでも行こうか、それとも、、。そうだ、わたしの書斎がある別荘に行こう」と車で30分も離れた別荘に連れて行ってもらいました。
山の中腹の田舎町ですが、写真のようにとてもすばらしい眺めのところに、自分だけの別荘・書斎があるなんて、日本で2畳ほどのコーナーで仕事をしているわたしにはうらやましい限りです。
メラー教授(70歳)自らスパゲッティ・ボロネーゼ、サラダを作ってくれて、ワインまでご馳走になりました。
「知ってるか、こういう歯ごたえのある麺のことをアルデンテっていうんだ」と言われました。
ええ知ってますとも、でもちょっとパリパリ感が残りすぎているんですけど、、、。
それはともかく、ドイツでの実践神学の話、日本の聖餐論争について、わたしの研究テーマのことなど、2時間ぐらい話をしました。
メラー教授の新しい本はいずれ「アレテイア」という雑誌で紹介します。
「じゃあ、帰ろう。あっ、そうだ、明日の夜6時からわたしがバッハの神学的解釈のゼミをやっているから、ぜひ来なさい」」「はいーっ!」とまたハイデルベルクの街に戻ってきました。
息子さんはポーランドで一番有名なドイツ人俳優だそうです。彼も日本に来たことがあり、京都を案内しました。
天気の良い午後、ハイデルベルクに戻ってくると、河原は人だらけです。
ドイツも本格的に春です。ハイデルベルクはネッカー川沿いにあります。このネッカー川はライン川に合流し、ここから舟に乗ると「なじかは知らねど、心わびて」でおなじみのローレライにつながっています。最もこの歌うたえるのは、ドイツの老人と日本人ぐらいだと聞いています。また、このネッカー川を上っていくと、最初いたロイトリンゲン、その隣のチュービンゲンに行きます。
1年間の日照時間が短いドイツでは、とにかく太陽好き。ちょっとでも太陽が出ていると、オープンカフェでゆっくりしたり、ベランダや野外でこうして日光浴を楽しんでいます。
若い男性は上半身裸、若い女性はビキニ姿で、寝そべっています。ただ何をするともなく、しゃべったり、本を読んだり、うとうとしたりです。
本格的に春ー!って感じです。でも、日本人からすると夏ですかといいたくなるような風景ですが。
ちょっと暖かくなると、若い人たちは半ズボンと半袖、タンクトップ姿で歩いています。その横を、年配者がコートを着ているということもあります。着たい服を着たい人が着る。それにとやかく言わないのがドイツです。たとえ言ったとしてもそんなことを気にしないのがドイツでもあります。
まあ、日本人からすると、全然おしゃれじゃありません。
こんな天気のいい日は、部屋でブログを書いている場合じゃないんですけど。
礼拝で、日本でもおなじみの実践神学のメラー教授に出会い、食事に誘われました。
「どこかレストランにでも行こうか、それとも、、。そうだ、わたしの書斎がある別荘に行こう」と車で30分も離れた別荘に連れて行ってもらいました。
山の中腹の田舎町ですが、写真のようにとてもすばらしい眺めのところに、自分だけの別荘・書斎があるなんて、日本で2畳ほどのコーナーで仕事をしているわたしにはうらやましい限りです。
メラー教授(70歳)自らスパゲッティ・ボロネーゼ、サラダを作ってくれて、ワインまでご馳走になりました。
「知ってるか、こういう歯ごたえのある麺のことをアルデンテっていうんだ」と言われました。
ええ知ってますとも、でもちょっとパリパリ感が残りすぎているんですけど、、、。
それはともかく、ドイツでの実践神学の話、日本の聖餐論争について、わたしの研究テーマのことなど、2時間ぐらい話をしました。
メラー教授の新しい本はいずれ「アレテイア」という雑誌で紹介します。
「じゃあ、帰ろう。あっ、そうだ、明日の夜6時からわたしがバッハの神学的解釈のゼミをやっているから、ぜひ来なさい」」「はいーっ!」とまたハイデルベルクの街に戻ってきました。
息子さんはポーランドで一番有名なドイツ人俳優だそうです。彼も日本に来たことがあり、京都を案内しました。
天気の良い午後、ハイデルベルクに戻ってくると、河原は人だらけです。
ドイツも本格的に春です。ハイデルベルクはネッカー川沿いにあります。このネッカー川はライン川に合流し、ここから舟に乗ると「なじかは知らねど、心わびて」でおなじみのローレライにつながっています。最もこの歌うたえるのは、ドイツの老人と日本人ぐらいだと聞いています。また、このネッカー川を上っていくと、最初いたロイトリンゲン、その隣のチュービンゲンに行きます。
1年間の日照時間が短いドイツでは、とにかく太陽好き。ちょっとでも太陽が出ていると、オープンカフェでゆっくりしたり、ベランダや野外でこうして日光浴を楽しんでいます。
若い男性は上半身裸、若い女性はビキニ姿で、寝そべっています。ただ何をするともなく、しゃべったり、本を読んだり、うとうとしたりです。
本格的に春ー!って感じです。でも、日本人からすると夏ですかといいたくなるような風景ですが。
ちょっと暖かくなると、若い人たちは半ズボンと半袖、タンクトップ姿で歩いています。その横を、年配者がコートを着ているということもあります。着たい服を着たい人が着る。それにとやかく言わないのがドイツです。たとえ言ったとしてもそんなことを気にしないのがドイツでもあります。
まあ、日本人からすると、全然おしゃれじゃありません。
こんな天気のいい日は、部屋でブログを書いている場合じゃないんですけど。
2010年4月17日土曜日
友人との再会
今日は久しぶりに友人に会い、街の広場のオープンカフェで、わたしの研究テーマについて話をしました。彼はいまマンハイム大学の神学研究所の所長として働いており、週に2コマの授業を持っているとのことです。マンハイム大学には学部としての神学部はなく、ビルの一室に神学研究所があるそうです。
彼は、ケルト文化とキリスト教の出会いについて博士論文を書き、その後マンハイム大学に就職が決まったということです。ただ、その職場も期限があり、あと数年で次の仕事場を見つけなければならないということです。
彼はぜひ台湾の神学部で働きたい、いまその可能性を探っているそうです。それが実現したら、上海にいる共通のドイツ人の友人と一緒に、アジアで会おうと約束しました。
まあ、スコットランドの文化について研究して、そして今度は台湾で働きたいというのですから、世界はどんどんと縮まっている感じです。
彼と、わたしがいま取り組んでいる論文について話していた時、「知ってるか、今時の学生はインターネットのWikipediaの文章を、コピーして、それを適当につなぎ合わせて、レポートして出してくるんだ。何となく字数はそれなりにあるけれど、論旨がつながっていないので、まるわかりだよ。ホント信じられないよ」と嘆いていました。
ドイツの学生も、日本の学生も考えることは一緒で、教授たちも同じ悩みを抱えているみたいです。
これも世界が縮まったおかげでしょうか?
彼は、ケルト文化とキリスト教の出会いについて博士論文を書き、その後マンハイム大学に就職が決まったということです。ただ、その職場も期限があり、あと数年で次の仕事場を見つけなければならないということです。
彼はぜひ台湾の神学部で働きたい、いまその可能性を探っているそうです。それが実現したら、上海にいる共通のドイツ人の友人と一緒に、アジアで会おうと約束しました。
まあ、スコットランドの文化について研究して、そして今度は台湾で働きたいというのですから、世界はどんどんと縮まっている感じです。
彼と、わたしがいま取り組んでいる論文について話していた時、「知ってるか、今時の学生はインターネットのWikipediaの文章を、コピーして、それを適当につなぎ合わせて、レポートして出してくるんだ。何となく字数はそれなりにあるけれど、論旨がつながっていないので、まるわかりだよ。ホント信じられないよ」と嘆いていました。
ドイツの学生も、日本の学生も考えることは一緒で、教授たちも同じ悩みを抱えているみたいです。
これも世界が縮まったおかげでしょうか?
2010年4月16日金曜日
講演、そして神学生との会話
昨日は、ハイデルベルク大学のアジア−ヨーロッパ交流研究所主催の講演会「日本に来たグーテンベルク:イエズス会宣教プレス(1590−1620)」に行ってきました。日本にもたらされたヨーロッパの印刷技術、ある意味情報革新技術が日本における宣教、神学教育、そしてまた日本文化にどのような影響を与えたかという内容でした。とても興味深く、また様々なアジア人やドイツ人がこのような内容に非常に大きな興味を持ち、熱心に議論を交わす姿に接すると、とても刺激を受けます。また、自分自身が、日本人としてどれだけ日本のことを知っているのだろうと、反省させられます。この講演の後、日本学を副専攻にしている神学生といろいろと話し合いました。
今日のドイツの教会の話、教会の衰退の話になったとき、「教会に人が来ないのは、残念なことだけれども、良い面もある」ということでした。つまり、昔はドイツも相互管理社会的な面があり、教会に来ないと近所の人から批判されたそうです。他の人からは、100年ぐらい前までは、日曜日に教会に来ないと警官が注意に来たという話を聞いたことがあります。また、地域の中では教会は出会いの場であり、若い人たちにとっては異性と出会う場であったそうです。15年ほど前にも、ある父親から、自分のこどもが幼児洗礼を受けていないので、地域で白い目で見られるという話も聞きました。そういう社会の中で成り立っている教会であったわけです。
現代は、そういう監視社会の縛りも、また閉鎖的な社会もなくなり、みんなが自由に自分の好きなものを、自分の価値観に基づいて選択することができる社会(マルチオプション社会)になったわけです。出会いの場も何も教会でなくても、様々な可能性が周りにあります。
そこで、いまこそ教会の真価が問われている。教会が人々から積極的に選ばれる場にならなければならないということです。
これは、日本でも同じことではないでしょうか。日本は、日曜日に出かけようとすると近所の人から「どちらにお出かけですか」と聞かれるような、教会に行くことを逆に監視されていた社会ですが、まだ、教会はアメリカやヨーロッパ文化の接点という市民権を持っていたように思います。それが、いまやそんなことは何の意味もありません。別に教会に過なくても、欧米文化に触れることはできますし、ハイデルベルクには毎日何十人もの日本人観光客がやってきています。
ただ、教会はこの不慣れな状況の中で、何をしていいのか分からないでいるような感じがします。その上、人々は教会の言葉だけが先行して、実感を持つことができない礼拝、身体性を失ってただ聞いて、頭で理解するだけの教会に魅力を感じなくなっているということです。言葉だけ、頭でっかちな教会は廃れていっています。
そこで、昨日のブログでも書いたスピリチュアリティーという言葉が人々の関心を引きつけています。教会もこのスピリチュアリティーというはやりの洋服を着て、時代についていこうとして傾向があるのではないかと思えるときがあります。
でも、教会が、またキリスト教が魅力的なはやりの服を着たマネキンであったとするならば、このマルチオプション社会の中では、服は買っても誰もマネキンを家に持って帰ろうとはしません。
このことは、日本が過去150年に経験したことではないでしょうか。ヨーロッパから来たキリスト教文化や習慣(クリスマス、結婚式、教育)という外側の洋服は魅力的であったので受け入れられましたが、中身はどうだったのでしょうか。
そんな話を、コーヒーを飲みながら2時間ばかりしていました。8時前に店を出て、その神学生は「図書館は10時まで開いているから、ちょっといって勉強してくる.講義に出席する準備をしなくちゃ」と自転車で街の中に消えていきました。
今週初めから春学期が始まり、急に街中が学生であふれています。
2010年4月14日水曜日
ドイツの本屋
わたしの感想ですが、ドイツ人はとても本好きだと思います。本好きということも言えますが、文字好きで、何でも文字(言葉)で表現しようとします。だからドイツの神学書はあんなにも分厚くて、字しか書いていません。ドイツの電気製品の説明書もほとんど字で、絵はあまり描かれていません。ある人曰く、ドイツ人は世の中のことはすべて文字で表現できると思っているということです。
それはともかく、町の至る所に本屋があります。少し大きな駅では本屋が充実しています。小さな町でも、図書館が充実しています。
それで、わたしの関心としては、神学書はどこで売っているかということです。このことに関して、ここ10年でドイツは大きな変化を迎えているような感じがします。
有名な神学部があるハイデルベルクには、大きなキリスト教書店がありました。図書館に行くのも楽しみでしたが、その本屋で新刊書を眺めるのも楽しみでした。その本屋がいまや無くなっているのです。アジアショップは拡大して、発展していましたが、キリスト教は衰退しているのです。それでも、ツィーハンク書店という大学書店が神学書を扱ってくれています。注文するとほとんど翌日には手に入ります。
今回最初に訪れたロイトリンゲンにもオジアンダー書店という大きな本屋があり、そこを訪れてびっくりしました。かつて充実していたキリスト教コーナーが縮小し、置いてある本もキリスト教に関する読みやすそうな本しかありません。そのかわり、今はやりのスピリチュアルコーナーが拡大して、しかもきれいな飾り付けもされていました。
パワーストーン、風水、ヨガ、メディテーション、陰陽、神秘思想、仏教の本と共に、ロウソク、アロマオイルなどが売られていました。おそらくキリスト教コーナーの5倍ぐらいあると思います。
キリスト教は段々と片隅に追いやられているようです。日本でも、スピリチュアリティーという言葉がはやりですが、ドイツでも至る所で使われています。ドイツでは、社会の中で宗教やキリスト教という言葉に拒絶反応がある中で、人々が取っつきやすくするための入り口としてスピリチュアリティーという言葉が使われているような感じがします。
キリスト教の話は聞きたくないけれど、スピリチュアリティーの話なら聞きたいというような風潮があり、キリスト教もその時代の波に乗っかってるのではないでしょうか。
本屋で驚いたことの一つに、マンガコーナーの充実があります。噂では聞いていましたが、これほどにマンガがドイツ語に訳されているとは思いませんでした。
小さなことですが、気がつきましたでしょうか。マンガは右綴じで、右から左へと読んでいきます。日本語の縦書きの本がそうです。ところが、ドイツ語の本は左綴じです。この逆から読むことがなかなかドイツ人には難しいそうです。まあ、若者たちの順応能力は優れているので、やすやすと違う文化を理解しているみたいですけど。それで、ちょっと大人向けのマンガは左綴じになっているんですよ。
日本のドイツ語の授業も、ドイツ語のマンガを教科書に使った方がいいかもしれませんね。ただ吹き出しの台詞が"KAME KAME HA-!"とか"WAAAAAA------!"ばっかりかも。
それはともかく、町の至る所に本屋があります。少し大きな駅では本屋が充実しています。小さな町でも、図書館が充実しています。
それで、わたしの関心としては、神学書はどこで売っているかということです。このことに関して、ここ10年でドイツは大きな変化を迎えているような感じがします。
有名な神学部があるハイデルベルクには、大きなキリスト教書店がありました。図書館に行くのも楽しみでしたが、その本屋で新刊書を眺めるのも楽しみでした。その本屋がいまや無くなっているのです。アジアショップは拡大して、発展していましたが、キリスト教は衰退しているのです。それでも、ツィーハンク書店という大学書店が神学書を扱ってくれています。注文するとほとんど翌日には手に入ります。
今回最初に訪れたロイトリンゲンにもオジアンダー書店という大きな本屋があり、そこを訪れてびっくりしました。かつて充実していたキリスト教コーナーが縮小し、置いてある本もキリスト教に関する読みやすそうな本しかありません。そのかわり、今はやりのスピリチュアルコーナーが拡大して、しかもきれいな飾り付けもされていました。
パワーストーン、風水、ヨガ、メディテーション、陰陽、神秘思想、仏教の本と共に、ロウソク、アロマオイルなどが売られていました。おそらくキリスト教コーナーの5倍ぐらいあると思います。
キリスト教は段々と片隅に追いやられているようです。日本でも、スピリチュアリティーという言葉がはやりですが、ドイツでも至る所で使われています。ドイツでは、社会の中で宗教やキリスト教という言葉に拒絶反応がある中で、人々が取っつきやすくするための入り口としてスピリチュアリティーという言葉が使われているような感じがします。
キリスト教の話は聞きたくないけれど、スピリチュアリティーの話なら聞きたいというような風潮があり、キリスト教もその時代の波に乗っかってるのではないでしょうか。
本屋で驚いたことの一つに、マンガコーナーの充実があります。噂では聞いていましたが、これほどにマンガがドイツ語に訳されているとは思いませんでした。
小さなことですが、気がつきましたでしょうか。マンガは右綴じで、右から左へと読んでいきます。日本語の縦書きの本がそうです。ところが、ドイツ語の本は左綴じです。この逆から読むことがなかなかドイツ人には難しいそうです。まあ、若者たちの順応能力は優れているので、やすやすと違う文化を理解しているみたいですけど。それで、ちょっと大人向けのマンガは左綴じになっているんですよ。
日本のドイツ語の授業も、ドイツ語のマンガを教科書に使った方がいいかもしれませんね。ただ吹き出しの台詞が"KAME KAME HA-!"とか"WAAAAAA------!"ばっかりかも。
テレビでは「ワンピース」もやっています。何とルフィーがペラペラとドイツ語をしゃべっているじゃないですか。くやしーっ!(>_<)
2010年4月12日月曜日
ドイツの教会・礼拝
昨日は、近所にあるルター教会に行ってきました。自転車で5分ほどのところです。なんと、その道の途中、10年前学生寮で一緒に生活してた友人に出会いました。彼も自転車で反対車線を走っていました。二人ともすぐに気づき、驚き、「ここでなにしているの?」「エー、すごいじゃん」とお互いの状況を聞きあいました。彼は大学病院の婦人科の医者として働いているそうです。ドイツ人の彼と、イタリア人の哲学の学生と日本人のわたしとがいつも寮でそれぞれの得意料理をつくり、ワインを飲みながら料理を楽しみ、おしゃべりをしていました(日独伊同盟ではありませんが)。
さて、彼と連絡先を交換してから、教会へ。わりと新しい教会です。
この教会は10時から礼拝が始まります。9時50分頃に教会に着きました。一度全礼拝をビデオに撮りたいのですが、ドイツでは礼拝中に写真を撮ったり、ビデオを撮ったりすることは避けられています。牧師と仲良くなってから、一度"学術的な目的で"お願いしたいと思っています。
さて、見知らぬアジア人が礼拝堂に入ってきても、誰も声も掛けません。牧師も知らんかおです。こちらから挨拶すべきでしょうが、牧師も他の人と話していたので、ちょっと遠慮しました。礼拝後にコーヒーアワーがあるとインターネットで読んでいたので、その時にでも挨拶しようと思いました。
ドイツの礼拝様子を簡単紹介します。ドイツといっても、バーデン州教会のこの教会での礼拝であって、他の州教会に行けば若干違っています。
今日の礼拝は、Quasimodogenitiと言う名前がついています。イースター後最初の主日礼拝で、1ペトロ2:2の「生まれたばかりの」という言葉からつけられた名前です。伝統的に洗礼式(幼児)が行われます。残念ながら、今日は洗礼者はいませんでした。
洗礼盤の後ろの網に洗礼を受けた子供たちの写真があるのに気がつきましたか。
10分前 教会の鐘が鳴る
前奏
賛美歌 アナウンスなし、座ったまま、会衆は壁に書かれた番号とオルガンの前奏で分かる。
牧師の挨拶 礼拝の趣旨の説明、牧師が風邪気味で声がうまく出ないことのお詫び
交唱 (会衆は立つ)
司:父と子と聖霊のみ名によって
会:アーメン
司:主があなたがと共にあるように
会:あなたの魂と共に
詩編交読
頌栄
キリエ交唱
恵みの告知
祈り
(会衆はここで座る)
聖書
ハレルヤ
賛美歌
福音書 (会衆は立つ)
信仰告白
賛美歌 (会衆は座り、ここで献金が集められる)
説教
賛美歌
報告 1週間の集会、出口での献金の呼びかけ、牧師が風邪気味のため出口で握手をしない、今日はコーヒーアワーがないことなど。
賛美歌
とりなしの祈り (会衆は立つ)
主の祈り (教会の鐘が鳴る)
派遣と祝福
アーメン
後奏 (会衆は座る)
礼拝堂を出て牧師に挨拶をして家に帰る。
日曜日の午後、集会はありません。日曜日は礼拝と休息の日。思い出してください、ドイツ人にとって「休みは休み」です。これは、この逆も言えるのです。「働くとき働く。学ぶときは学ぶ」。6時には職場にいる人もいますし、学生は8時から図書館に座っています。
さて、500名ぐらい座れそうな礼拝堂、荘厳なパイプオルガンの響き、さて何人ぐらい礼拝に出席していたと思いますか。
正確に数えたわけではありませんが、40-50名でした。ほとんどが年配の女性、堅信礼準備クラスの生徒が2名、閑散とした礼拝でした。この教会も何とか活性化を狙って、コーヒーアワーを催したり、こどもの教会や中高生会を充実させようとしています。ドイツの教会がどのように活性化を図ろうとしているかが今年のわたしの研究テーマの一つでもあるので、またいろいろと調査したいと思っています。
登録:
投稿 (Atom)




